詐欺対策・防犯

詐欺被害者の95%が「自分は大丈夫」と思っていた正常性バイアスの罠

詐欺被害者の95%が「自分は大丈夫」と思っていた正常性バイアスの罠

「私は絶対に詐欺には引っかからない」と思っている人ほど、実は被害に遭いやすいことをご存じでしょうか。警察庁の調査によると、特殊詐欺の被害者のうち約95%が「自分は被害に遭わないと思っていた」と回答しています。この「自分は大丈夫」という思い込みは、心理学で「正常性バイアス」と呼ばれる、誰もが持っている脳の働きが関わっています。この記事では、警察庁や各自治体警察の公的調査をもとに、正常性バイアスと詐欺被害の関係、そして家族で実践できる対策を解説します。

1. 警察庁データ:詐欺被害者の95%が「自分は大丈夫」と思っていた

警察庁が、親族をかたるオレオレ詐欺の被害者と、だまされたものの被害を免れた人に行った調査があります。平成30年8月から11月にかけて、警察官が面接形式で聞き取ったものです。

「自分は被害に遭わないと思っていた」と回答した割合は、被害者が78.2%、事業者の協力により被害に遭わなかった者が78.0%、家族・親族が見破り被害に遭わなかった者が71.5%と、自ら看破した者の56.8%よりも高い値を示しており、特に被害者については、「どちらかといえば」を含めると95.2%が自分は被害に遭わないと思っていたことが認められる。
出典:オレオレ詐欺被害者等調査の概要について|警察庁(被害者354人・平成30年)

数字の読み方に注意が必要です。はっきり「思っていなかった」と答えたのは78.2%で、95.2%は「どちらかといえば」を含めた場合の割合です。それでも、被害者の大半が自分は大丈夫だと感じていたことは変わりません。

知らなかったから騙されたのではない

同じ調査では、オレオレ詐欺という手口を知っていた人の割合は、被害者・被害を免れた人・自分で見破った人のいずれのグループでも96%以上でした。手口を知っているかどうかでは差がついていません。

ただし「そう思っていたから被害に遭った」とは言えない

上の数字をもう一度見ると、自分で詐欺を見破った人でも56.8%が「自分は被害に遭わない」と思っていました。思い込みがあった人が必ず被害に遭うわけではありません。差は思い込みの有無だけでなく、そのあと相談したか、電話を切ったかといった行動にも出ています(後述)。

警察庁は、被害者の落ち度という見方をはっきり否定しています。

被害者の方々は、たとえ特殊詐欺について「知識」があっても、「自分は大丈夫」と自信があっても、十分に注意をしていても、「電話に出て」しまえば、必然的に、だまされることになってしまう。
出典:特殊詐欺の手口と対策|警察庁

2. なぜ「自分は大丈夫」と思ってしまうのか:正常性バイアスの正体

「自分は引っかからない」と感じる心の働きには、はっきりした心理学的な名前があります。それが正常性バイアス(normalcy bias)です。

正常性バイアスの定義

正常性バイアスとは、都合の悪い情報を無視したり過小評価したりする心の働きのことです。災害・火事・事故・犯罪などの異常事態に直面しても、「自分は大丈夫」「これは普通の出来事」と捉えて、危険を避ける行動を取らない傾向を指します。

災害の分野では行政の文書にも出てきます。内閣府の「避難情報に関するガイドライン」は「自分は災害に遭わないという思い込み(正常性バイアス)」と表現し、これによって避難のタイミングを逸することがないよう注意を促しています。

出典:避難情報に関するガイドライン(令和8年3月)|内閣府(防災担当)

つまり「詐欺に引っかかる人の性格の問題」ではなく、避難行動でも同じように働く一般的な心の仕組みだということです。

本来は心を守るための「防衛機能」

大事な前提として、正常性バイアス自体は人を守るために備わっている脳の働きです。私たちは日々、さまざまな小さな変化やストレスにさらされながら生活しています。もし、どんな小さな違和感にも過剰に反応していたら、心はすぐに疲弊してしまいます。

正常性バイアスは、「だいたいのことは大丈夫」と判断することで、心の平穏を保ち、過剰なストレスから守ってくれているのです。ところが、本当に危険な事態が起きたときには、この働きが裏目に出てしまうことがあります。

3. 詐欺師は正常性バイアスを巧みに利用してくる

詐欺師は、相手の正常性バイアスを逆手に取って近づいてきます。「自分は冷静だから大丈夫」と思っている瞬間こそ、最も狙われやすい瞬間です。

正常性バイアスを起動させる詐欺の典型パターン

  1. 突然の電話・通知:「お子さんが事故を起こしました」「あなたの口座が不正利用されています」など
  2. 一瞬で起動する「いつもの感じ」:「またイタズラ電話かな?」「よくある勧誘だろう」と過小評価する
  3. 聞き続けてしまう:警戒する前に、相手のペースで会話が始まる
  4. 気づいたら当事者として行動している:数分後にはATMの前に立っている・暗証番号を口にしている

詐欺師の手口は、「異常事態を、正常な日常の延長に見せかける」技術に長けています。電話の最初の数十秒で、「これは深刻だけど対処可能な普通のトラブル」という認識を相手に植え付ける言葉選びをしてくるのです。

4. 「異常」を「正常」に見せかける3つの仕掛け

詐欺師が正常性バイアスを利用するためによく使う仕掛けが3つあります。

仕掛け1:権威の演出

「警察です」「銀行のセキュリティ担当です」「市役所の還付金窓口です」と、社会的に信頼される肩書きを名乗ります。「公的機関なら従うべき」という社会の常識を利用して、相手に「いつもの手続き」と感じさせます。

仕掛け2:身近な人物の演出

「お母さん、僕だよ」「孫の〇〇です」と、家族や親族を装います。「家族の困りごとには協力するもの」という日常感覚を利用するため、被害者は「いつもの家族からの連絡」として処理してしまいます。

仕掛け3:時間制限による思考停止

「今日中に手続きをしないと罰金になります」「30分以内に振り込まないと逮捕されます」と、緊急性を演出します。冷静に確認する時間を奪うことで、正常性バイアスが「とりあえず言われた通りにしておこう」という方向に働きます。

5. 過去の事例から学ぶ「正常性バイアス」の怖さ

正常性バイアスが命に関わった事例は、詐欺以外の分野でも数多く報告されています。

事例1:2003年 韓国地下鉄火災事件

地下鉄車両内で放火事件が起き、車内に煙が充満していたにもかかわらず、多くの乗客は座席に座ったまま動かず、結果として192人が亡くなる惨事になりました。事件後の写真には、煙の中で口元をハンカチで覆ったまま避難行動を取らない乗客の姿が記録されています。「すぐ収まるだろう」「他の人も動かないから大丈夫」という正常性バイアスが、判断を奪ったとされています。

事例2:災害心理学が示す共通の傾向

地震・洪水・火災などの災害でも、避難警報が出ているのに「今回は大丈夫」「うちは関係ない」と判断して避難が遅れる事例が繰り返し報告されています。日本でも、過去の津波被害や水害において、警報を受けても避難しなかった人の心理として正常性バイアスが指摘されてきました。

つまり、正常性バイアスは「特殊な人」が持つ欠陥ではなく、ほぼすべての人が持つ普遍的な心の働きなのです。だからこそ、詐欺被害もあらゆる世代・職業の人に起こり得ます。

6. 「自分は大丈夫」を捨てた人ほど強い:逆転の発想

ここまでの話で見えてくるのは、「自分は騙されない」という確信そのものが、最大のリスク要因だということです。一方で、詐欺に強い人には共通した特徴があります。

詐欺に強い人の3つの共通点

  • 「自分も騙される可能性がある」と前提を持っている
  • 判断を急がず、いったん電話を切る習慣がある
  • 家族や知人に相談することを恥ずかしいと思っていない

この3つ目が、数字にはっきり出ています。先の警察庁の調査では、被害者の75.1%は、だましの電話を受けたあと誰とも相談していませんでした。一方で家族・親族が見破って被害を免れた人は、76.2%が誰かに話しています。自分で見破った人は59.6%が誰かに話していました。

出典:オレオレ詐欺被害者等調査の概要について|警察庁

相談したかどうかで、これだけ差がつきます。「自分は大丈夫」を捨てて誰かに一言話す人が、いちばん詐欺に強いということです。

7. 家族でできる「正常性バイアスを打ち破る」3つの習慣

正常性バイアスは個人の意志だけで完全に消すことはできません。しかし、家族で習慣を共有しておくことで、被害を大きく減らすことができます。

習慣1:家族でお互い「騙される可能性がある」と認め合う

「うちの親は大丈夫」「自分はしっかりしているから」という思い込みを家族間で外します。「お互い騙される可能性がある」という前提を共有しておくと、いざという時に相談しやすい関係が生まれます。

習慣2:電話でお金の話が出たら「いったん切る」ルールを決める

家族で「お金・カード・暗証番号の話が電話で出たら、いったん切って家族に相談する」というルールを決めておきます。たった一呼吸置くことで、正常性バイアスが切れて冷静な判断が戻ります

習慣3:合言葉や家族だけが知っている質問を決めておく

「孫が事故にあった」と電話があった時、本人にしか答えられない合言葉や質問を家族で決めておきます。「子供の頃に飼っていたペットの名前は?」「いつも食べていた朝ごはんは?」など、AIや詐欺師には答えられない質問が有効です。

あわせて、もともと知っている電話番号にかけ直して確認する方法も決めておいてください。警察庁の調査では、自分で詐欺を見破った人が嘘だと気付いた理由に「親族の元の電話番号に電話をかけて嘘であることを確認できた」が挙がっており、同庁も被害防止に有効な方法として示しています。かかってきた番号にかけ直すのでは意味がありません。

8. やってはいけない3つの思考パターン

詐欺の被害につながりやすい思考パターン

① 「自分は騙されない」と思い込んで、手口を確認しない

② 「うちの親は大丈夫」と家族の対策を後回しにする

③ 詐欺の手口を「他人事」として聞き流す

④ 電話で焦らされたまま、自分一人で判断しようとする

⑤ 騙されかけた経験を「恥ずかしい」と家族に共有しない

9. もしバイアスに引っかかってしまったら

正常性バイアスは誰にでも起こります。気づいた時点で取れる行動があります。

気づいた時の対処

  • 未送金の段階で気づいた場合:警察相談専用電話「#9110」に電話して相談する
  • 送金してしまった場合:消費者ホットライン「188」に電話して対処の手順を確認する
  • カードを渡してしまった場合:すぐにカード会社・銀行に連絡して停止依頼
  • 振り込んでしまった場合:振込先の金融機関に至急連絡し、「振り込め詐欺救済法」を活用する

「自分は引っかかってしまった」と感じても、それは恥ずかしいことではありません。被害者のほとんどが同じように「自分は大丈夫」と思っていたからこそ、組織的な詐欺グループが暗躍できているのです。気づいた瞬間に動くことが、被害を最小化する最大の対策です。

10. 関連する詐欺の手口にも注意

正常性バイアスを利用した詐欺は、近年、形を変えながら手口が増えています。あわせて知っておきましょう。

まとめ:「自分も騙される」と認める強さが、最強の防御になる

詐欺の被害者の95%は、被害直前まで「自分は大丈夫」と確信していました。これは個人の判断力の問題ではなく、誰もが持つ正常性バイアスという脳の働きが関わっています。「自分は引っかからない」という強い確信こそ、最大のリスク要因なのです。

覚えておきたい3つのポイント

  • 「自分も騙される可能性がある」と認める:被害者の95%が「自分は大丈夫」と思っていた事実を心に留める
  • 電話でお金の話が出たら、いったん切る:一呼吸置くだけで、正常性バイアスが切れて冷静な判断が戻る
  • 家族でお互いに認め合う関係を作る:「うちの親は大丈夫」「自分は大丈夫」を家族間で外しておく

正常性バイアスは消せませんが、家族で共有し、習慣として備えることはできます。「念のため家族に確認しよう」「念のため電話を切ろう」という小さな一呼吸が、大切な財産と家族を守る最強の防御になります。

この記事を家族のLINEに送って、お互いに「騙される可能性がある」と認め合うきっかけにしてください。たった1回の話し合いで、家族全員が詐欺に強くなれます。

情報源:警察庁「オレオレ詐欺被害者等調査の概要について」(平成30年)警察庁「特殊詐欺の手口と対策」内閣府(防災担当)「避難情報に関するガイドライン」(令和8年3月)、警察相談専用電話「#9110」、消費者ホットライン「188」

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